漫画が完結して単行本も購入し読み切ってそういや感想書いてねえなと思ったので書くよ
ガンダムサンダーボルト(以下サンボル)はスペリオールという雑誌で連載されていた太田垣康男先生著のマンガタイトル。一部はアニメ化もされている。当初は宇宙世紀正史に組み込む予定だったようだが中盤以降正史とかなり離れた展開がされてパラレル宇宙世紀(もしくはアナザー宇宙世紀)とブランディングされたりしていた
ガンダムシリーズの中では、大体どの作品であっても戦争や紛争、武力衝突への否定が描かれる。反戦であったり平和主義であったり、様々な形でそれらを描かんとしている。サンボルはそれらを継承していて、漫画作品だがテレビシリーズに近い肌感で戦争や武力衝突が描かれているのが最大の特徴に思う。このあたりはガンダムのシリーズの運用体制からそうなっているっぽい節があり、ガンダムエースからなかなかこうしたタイプのヒット作品が出ないのもそのあたりが原因に思う(まあこれらのテーマをまともに描くのはかなり大変なので作家だけでなく編集にも要求されるパワーがでかくて仕方ないのかもしれないが)
話のテーマはわかりやすく全体主義が大きく扱われている。というかガンダムシリーズだと全体主義を大きく取り上げている話は少ない気がする。わかりやすいポイントで言うと「前半はダリルに好感をもっていたが後半は……」というよくある感想に表れているが、実際ダリルは全体主義の被害者であったのに南洋同盟で気づけば自身が全体主義を強いる側に転じていた。最初は全体主義の犠牲となり最後に残った左腕も切り落としたのだが、後半は味方が手足を切り落とすことや自軍の戦力のためにカーラを目覚めさせたりしていた
逆にイオは全体主義に対して常に反抗をする姿が描かれていた。反抗しつつも全体主義の道具を最終的に使ってしまうが、そのあり方は全体主義で人をすり潰す考え方とは違ったところにあっただろう。とはいえイオはイオで、自分の周りの人間が全体主義の重圧で壊れていくことに気付けなかったし、それを救うことも出来なかったわけなのだが、しかしそれでも戦い続けたのは全体主義の暴力が様々なものを奪っていくことはわかっていたのだろう。戦いの中で生きていくしか居場所を見つけられなかったという側面もあるにはあるとは思うが
サンボルの話の中にはかなり大きな比率を占めている宗教の話もしておこうと思う。といっても南洋同盟の本質は宗教的な側面というより共同体としてのあり方のほうが本質だと受け取った。つまるところどういった教えがあるかより、どういった人々がいるかという話である。仲間がいるという感情を抱かせることが本命であり、まとまる道具としては宗教的な教えではなくニュータイプ能力だったわけだし
そういう点では全体主義の道具としての宗教という面には適切な使い方だったように思う。作中でも具体的な教義に触れたりしているシーンはなかったわけで道具として徹していたなという感想である。露悪的な言い方になると心の傷に寄り添ってくれれば何でも良かったわけで、多くの人物はそういう要素で惹かれてしまったのである。もっとも、それでもカーラには誰も寄り添ってくれなかったわけで最後の復讐劇デスメタルになるわけだが
カーラが最後の方にダリルに言っていた「勤勉だけど気弱で無学… 主義主張もない。だから簡単に利用されるのよ!」から始まる一通りのセリフはまさに作中で全体主義の話に帰結する。やはりこの話は戦争の全体主義の話になるのだなぁというのが俺の結論である。なんだかんだで戦争の本質的な悪は全体主義にあるのでそれを堂々と書いたのはなかなか意欲的な作品でもあったと思う。というか戦争での全体主義ってかなり前提的な部分になって他のシリーズでも絶妙に描かれないからいい着眼点だったとも思う
完全に余談だが、同作者のムーンライトマイルを最近読んだのだがこっちもかなりおすすめ。ガンダムの連載で止まっていたが近々再開するらしい(2026-02-22時点)
サンボル宇宙世紀のモビルスーツに見られるサブアームの原点的な要素も見える。あのサブアームで武器やシールドを固定するのは無理だろって思ってたが、まあ後半は慣れたのか気にならなくはなった。ちょっと話は違うが、個人的にはレッドウォーリアも見たかったなぁという気持ちはある
